2012JAPAN MTB National Championship

2012年6月 5日


長野県富士見町で行われた2012年全日本選手権大会に出場してきた。快晴の中ドライコンディションでレースは行われた。結果は2位。ホワイトジャージに手は届かなかったが、1年に1回の全日本選手権で自分の力を余すことなく100%発揮できた事に喜びを感じている。優勝は弟の幸平。先週に引き続き兄弟でワンツーできたのは自分たち家族にとってとてもハッピーな結果となった。


 日本での2戦目となった全日本選手権。去年から連戦するリズムは出来上がっているので今回のレースに向けて万全の準備をして臨む事ができた。毎年7月に行われる全日本に比べ今年は気温が低く、自分の力を発揮しやすいレースコンディションとなった。コースは各セクションがリニューアルされ、とても新鮮な気持ちでコースを走る事ができた。レース当日晴れ。取材対応などがあるためいつもより早めに会場入りしてアップを開始した。今回のスタート招集はワールドカップ方式を採用しスタート直前まで身体を動かすことができた。今回は7周回という事で持久戦になる事が予想された。自分が勝つためのベストなイメージを持ちながらスタートラインに立った。スタートは10番前後ではあったが、ほぼ想定の範囲内だったので息を整えながらはじめのループを走っていった。7周回で力を出し切る走りに徹し、1周目はイメージ通りに走る事ができた。1周目が終了するころには4位に上がり、目の前ではレース前にイメージした通りの光景が広がっていた。

崩壊するトップ集団。あとはトップを走る幸平との差を詰めて後半戦に持ち込もうと考えていた。3周目には2位に上がり、幸平との差は1分以内、後ろを走る斉藤選手とは10秒前後という展開が続いた。4周目には1分差に広がり、5周目にはさらに差は広がり1分半前後になっていった。広がる幸平との差に葛藤が生まれてきていた。レースは後半になり、声援の声もヒートアップしていくのがわかった。このまま突き進むか、後ろを待って2位争いに切り替えるか。自分の走りがイメージ通りの中で離れていく幸平に、2位を確実なものにする事を決意した。これを決意したのは5周目のはじめのループの頂上だった。そこからは一度後ろを待って合流し、斉藤選手の走り方、ギア比、身体の使い方すべてを見ながら2位になるための走りに切り替えていった。6周目、ペースが落ちている事はわかったが、冷静に我慢の走りが続いた。このような走り方はヨーロッパにいる時に何度も経験した。力強く走る斉藤選手の観察に6周目を費やした。そして、ラストラップ。前半は我慢、我慢と力を温存し、ここだ!と決めたポイントで力を爆発させてアタックを成功させることができた。その後の下りはさらにスピードを上げて逃げを確実なものにすることができた。そしてゴール。優勝には届かなかったが、自分の力を余すことなく発揮できたことに喜びを感じる事ができた。狙っていたのではなく、結果として達成することのできた全日本での兄弟ワンツー。互いが全力で走った結果なので、自分たち家族にとってこれ以上のハッピーはない最高の1日となった。


 今回のレースは途中で走り方を切り替えた事が結果としてはベストだったと自分で思っている。ヨーロッパでチャレンジを繰り返す中で身に付けた走り方を全日本の舞台で使う事ができてよかった。今回もレース中にいくつかの発見があり、これを今後のレースに活かしていきたいと思っている。2012年シリーズチャンピオンに向かって全力で取り組んでいきたいと思う。


 完璧なサポート、最強の応援本当にありがとうございました。引き続き応援よろしくお願いします。


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photo by UTA


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photo by Takishita


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